牛の血統には、系図がある。どの牛がどの牛から生まれ、どの土地で育ったか。畜産の世界ではこれを克明に記録してきました。
近畿地方は、この系図がもっとも厚く積み重なった土地です。滋賀の近江牛、兵庫の但馬牛、奈良の大和牛。地図の上では隣り合う小さな範囲に、日本の銘柄牛の歴史が集中しています。前回、同じ近畿の取り合わせを近江米と紀州の梅で埋めましたが、あの膳の主菜格として名前だけ挙げて先送りにしていたのが、この近江牛でした。今回はその続きです。
部位や量目の実務的な基準は、すでに別の記事で一度整理してあります。ここで扱うのは、銘柄という名前の奥にある土地の系図と、その系図を選ぶ手がかりに変える方法です。
滋賀県:近江の系図、歴史の長さで語られる牛
近江牛は、滋賀県内で肥育された黒毛和牛のうち、指定された基準を満たすものに与えられる名称です。日本で最も歴史の古い銘柄牛の一つと紹介されることが多く、江戸時代にはすでに他藩への贈答品として名前が記録に残っていたとされます。近江という土地が古くから交通の要衝であり、牛の飼育に適した草地と水に恵まれていたことが、系図の起点として語られる理由です。
現在の近江牛は、琵琶湖東岸から南部にかけて複数の生産者が肥育を担っています。個体ごとの飼育記録が管理されており、返礼品の表記でも生産者名や個体識別番号が併記されることがあります。系図の古さを裏づけるのが、こうした記録の厚みです。
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兵庫県:但馬牛という素牛、山あいで守られた血統
但馬牛は、兵庫県北部の但馬地域で育てられてきた黒毛和牛です。この地域は山が深く、谷筋ごとに集落が分かれた地形で、牛の行き来が自然と制限されてきました。その結果、他地域の血が混じりにくい環境が長く続いたと紹介されることが多く、純粋な血統が保たれてきた土地として語られます。
この血統の価値は、但馬牛自身の銘柄としてだけでなく、素牛(もとうし・繁殖のもとになる牛)としての役割にも表れています。全国の多くの銘柄牛が、系図をたどると但馬牛の血にたどり着くと紹介されることが多く、いわば近畿の山あいが、日本の銘柄牛の系図の根に近い場所にあるということです。神戸ビーフも、この但馬牛のうち一定の基準を満たした個体に与えられる呼称という関係にあります。
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京都・奈良:都に近い土地の牛、控えめに広がる系図
京都府と奈良県にも、地域名を冠した牛が返礼品として並びます。京都府では丹波地方などで肥育された牛が「京都肉」の名で流通することがあり、奈良県では「大和牛」が奈良県内で育てられた黒毛和牛として紹介されます。いずれも近江牛や但馬牛ほど流通量は多くありませんが、都に近い土地で牛が育てられてきた歴史の延長として語られることが多い銘柄です。近畿の系図を面で眺めるなら、この二つも隅に置いておく価値があります。
銘柄表記と部位・用途を組み合わせて選ぶ
銘柄名は土地の系図を示しますが、そのまま「どれを買うか」の答えにはなりません。実際に選ぶときは、銘柄表記に部位と用途を掛け合わせて絞り込みます。
すき焼きなら霜降りの多いリブロースや肩ロース、焼肉なら脂の乗ったカルビか赤身のモモ、ステーキならサーロインかヒレ。この部位ごとの向き不向きは近江牛でも但馬牛でも変わりません。銘柄と部位、二つの軸を掛け合わせて初めて、実際の返礼品ページの表記と照らし合わせられます。
初めて銘柄牛に手を伸ばすなら、正肉より切り落としが入り口になります。切り落としは部位が混在する分、寄付額に対する量目が大きく、銘柄の系図を味見する場としては気負わずに試せます。系図の由来を先に読み、実際の一口は切り落としから始める——この順番が、近畿の牛肉を楽しむ無理のない動き方です。
銘柄・土地・向く食べ方の早見
※いずれも一般的に言われる傾向であり、個々の返礼品の品質を保証するものではありません。銘柄間の優劣を示すものでもありません。
一揃いの組み方
系図を広く眺めたいか、一つの銘柄を掘り下げたいかで動き方が変わります。
複数の銘柄を試したいなら、切り落としを二、三種そろえる横断です。 近江牛・但馬牛・大和牛の切り落としを少量ずつ選べば、系図の違いを食べ比べながら把握できます。冷凍庫の余白と相談しながら、小分けパックを選ぶのがこの動き方に合います。
一つの系図を深く追いたいなら、近江牛や但馬牛の正肉を軸に据えます。 すき焼き用のリブロースを定番にしつつ、焼肉用のカルビやステーキ用のサーロインへと部位を広げていけば、一つの銘柄の中で用途の幅を確かめられます。
この土地に合わせるなら——同じ近畿の取り合わせには、すでに近江米が控えています。すき焼きの締めの雑炊にも、焼肉の合間の一杯にも、近江米はそのまま主食として座れます。滋賀は蔵元の多い土地としても知られるので、近江の日本酒を一献添えるのも土地らしい組み合わせです。焼肉なら、京都で栽培が盛んな九条ねぎを付け合わせに選ぶと、これも近畿の中で完結します。部位選びと量目の実務的な基準はふるさと納税の牛肉の選び方に整理済みなので、そちらもあわせて確認してください。
合う人・合わない人・注意点
産地の由来や系図を読んでから選びたい人、贈答や特別な日に「銘柄の物語」ごと届けたい人には近畿の牛肉が向いています。系図の話を抜きに、脂の量や価格だけで即決したい人には、この読み方は遠回りに感じられるかもしれません。
注意したいのは、系図の古さと現在の品質評価が別物だという点です。歴史が長い銘柄でも、個々の返礼品の当たり外れは生産者や個体によって変わります。系図はあくまで土地を知るための手がかりであり、選ぶ決め手は部位・用途・量目に置いてください。
まとめ:系図の先に、選ぶ理由がある
近畿の牛肉は、銘柄の由来を知るほど選ぶ理由がはっきりしてくる地方です。系図は読み物として楽しみ、実際の一枚は部位と用途で決める。この二つを分けて考えられれば、近畿の肉の取り合わせは迷わず埋まります。
最初の一歩は、近江牛か但馬牛の切り落としで十分です。系図の続きは、食べながらでも追いつけます。
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